trips:01 春と猫と

2018年10月13日土曜日

#trips #雑記 #散歩 #旅

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 少し前、2016年の春先のことです。
 風はまだ冷たさをはらんでいますが、陽射しの方はだいぶ暖かさを感じるようになってきた頃。徐々に春が実感できるようになる反面、冬が去っていくことが少し淋しくもあるような、そんないつかの小さな旅のお話。



 その日は午前中いっぱいかけて、ゆっくりと散歩したと記憶しています。咲き始めた花を眺めたり写真を撮ったりしながら、11kmほど歩いたようです。
 以前、徒歩で通勤していた時代はこれより若干少ないくらいの距離を毎日歩いていましたが、この頃は引っ越しをして少々田舎の方にいたこともあり、車での移動ばかりで家の周りを散歩する以外には歩く機会が減っていました。
 
 そうなると、春の香りに誘われて、なんて洒落たもんじゃありませんが、気候が良くなってきたこともあってたまには歩いてみるかという気になったんでしょうね。
 なにか漠然とこうね、出会いというかそういうものがあるかもしれないなんてね。


そして出会ったこの子については後ほど


春の海へ


 朝起きてひと息入れたあと、特に目的もなしで気の向くまま出かけることにしたのです。いつものサンダル履きに財布とスマホ程度の軽装だったと思います。

 そのまま歩いて出かけたわけではなくて、まずは車に乗り込みました。近場はいつでも散歩できますからね。あと、この時点では散歩というよりも車でふらふら出かけるような気分だったのも確かです。
 空を見上げるまでもなくいい天気とわかる、春先のきらめきに目を細めてしまうような、そんな朝。

 喉が乾いたので、先ずは買い出しへ。
 道すがらコンビニで炭酸水を買ってから、ひとまず海の方へとハンドルを切ります。休日のまあまあ早い時間帯とあって、ずいぶん静かな通りを縫うように抜けて、海へ。

 この時点ではどこに行くか大雑把にも決まっておらず、海を見ながらしばしぼんやり。海面は穏やかそのもので、波の音もどこか遠慮がちに聞こえます。
 このままここでまる一日過ごせてしまいそうな、ただただ安らかな波打ち際にどのくらい座っていたかハッキリ覚えちゃおりませんが、ここでずいぶんゆっくりしたように思います。



 この海には何度か来たことがありますが、周辺のことは詳しくないので、「それっぽいところ」を求めてGoogle Mapを開いてみます。
 適当にスクロールしたり拡大して地図を眺めているうちに、車でウロウロするより歩いてみたくなってきた自分に気がつきます。
 もちろん誰も止める人はいないので、Google Mapで見つけた無料の公共駐車場まで車で行って、そこからは歩いてみるかということで全会一致です。
 


春の山へ


 海から離れて軽いドライブを終えたあと、目的地の駐車場に車を停めます。今朝買った飲み物の残りを持って、緑が目立ち始めた農道をトボトボと歩き出しました。
 田植えにはまだ少し早い時期ですが、農家のかたが田んぼで作業する光景を横目で眺めながらの散歩です。
 まあまあ田舎の道なので人の気配が希薄でね。遠くの方で車が走りすぎる音が聞こえてくるくらいシーンとしています。他に聞こえてくるとすれば自分の足音といった感じで。

 人がいないのは気にならないのですが、思いつきで始めてしまったので、いつものサンダル履きで出てきちゃったもんですから足回りがちょっと不安。おまけに買った飲み物も、ゴクゴク飲んでいくので給水も不安。途中に自販機があるといいのですが…
 こんな田舎の農道にあるのかしら。

 それでも足の方は引き返すこともなく、景色や咲いている花につられて立ち止まる程度。
 遠く山の頂はまだ白く、時間とともに濃くなっていく空との境界線が、視力の弱い私でもくっきりとわかるようです。



 いつの間にかタイヤがアスファルトをなぞっていく音が消え、代わりに春告鳥の高い声が鼓膜を揺らしていることに気がつきます。それが束の間聞こえなくなると、その代わりのように笹や杉が立てる音が風の流れと一緒になって、この身を追い越していきます。
 追いつける気がしない、季節の移ろいに引っ張られるような道行きがちょっとずつ楽しくなってきたのを、よく覚えています。足はちょっと痛いんですけどね。



春と猫と


 ようやく自販機を発見したのは歩き始めてから2時間ほどのこと。すでにペットボトルはすっからかんです。
 自販機を設置してくれているのは、どうやら小さな商店の様子。田舎町によくある、よろず屋というかタバコから日用品からひと通り置いてあるような小さな個人商店だと思います。
 
 思いますというのは、あいにく今日は営業していないようでね。玄関口のガラス戸はカーテンが掛かっていて様子が伺えないからなんです。
 それでも人通りが少ない、要はそれほど売上も見込めなさそうな通りに自販機が設置してあるというのは、本当にありがたいものです。

 喉がカラカラですが、2本とか買っちゃうと今度はトイレの心配もしなくちゃいけなくなるかもしれません。
 ここは慎重に、水にするかスポーツドリンクにするか、それとも爽快感を重視して炭酸飲料いっちゃおうか、てな感じでどれを買おうか迷っていたんです。
 そうしたらパタパタパタと小さな足音がした、いやあとから考えればそんな音がするはずもないんですが、少なくともその時はそんな気がしたんですね。

 足音につられて目を向けた私の前には道路脇の白線があって、それをまたぐように黒と白の模様をした猫がこっちに向かって歩いてきたのです。
 バッチリ目を合わせましたから。
 これはあれかな、このシチュエーションはマンガでもアニメでもゲームでも散歩仲間発見シーンじゃないかな、と勝手にちょっと嬉しくなったりしたわけです。
 
 が、そこは猫。
 
 「変な奴がいるにゃ」 とばかりに私の方に一瞥をくれると、そのまま自販機の脇にある商店のガラス戸の少し手前で立ち止まったのです。





 首輪はありませんでしたが、この家の猫なのか入り口の前から離れようとしません。
 それどころか、私がモタモタしつつもようやく決めた飲み物を買って、ひと口ふた口飲む間にも少しずつガラス戸に寄っていき、ついにはちょこんと座り込む始末。

 私は動物アレルギーがあるくせに猫が好きなんですが、猫のほうもわかっているのか、野良猫飼い猫問わず近寄ると逃げられることが多いのです。
 こちとらアレルギー発症のリスクをおかしてゴロゴロしようと近寄っているのに、いつもいつも逃げられるわけでね。最初はどうしてなのかわかりませんでしたが、きっと「お前は一緒にいないほうがいいぞ」 ということなんだろうと手前勝手に解釈しています。

 それがこの猫、少々近寄っただけでは逃げる気もなく、相変わらず「おまえ誰にゃ?」 な眼をしてチラと見るだけで、ガラス戸に首ったけ。その向こう側に何かあるのか、それともガラスに映った自分を見ているのか…

 こうなるとゴロゴロもなにも、あまり邪魔しちゃ悪いという気になりましてね。せめてと猫の写真をこっそり撮ってから、その場を離れました。それが冒頭の一枚というわけです。




 その後は途中で古い神社なんかに立ち寄りつつ、そのまま大きく回り込むようなルートで車に戻り、帰宅したのは午後になってから。

 最後の方はふくらはぎから足の裏あたりに鈍い痛みがありましたが、これは日頃運動をしてないせいでしょう。その後も所用で歩く機会があって、この日の歩数は16,548歩という結果になっています。がんばったがんばった。

 のんびり歩くことは嫌いじゃありません。車などの乗り物での移動では通り過ぎてしまったり自由に止まれませんから、ちょっといいものや小さな出会いを見過ごすことがあります。
 徒歩は長距離を移動できない代わりに、出会うものを消化する時間が作れます。それが魅力じゃないですかね。
 
 日常から少しだけ離れた「小さな旅」のお話でした。

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