残業をこなして仕事がハケたのが、20時は超えていたと思います。
当時いた会社では夏場が忙しく、仕事が遅くなると食事が出るという、帰宅後に自分のために食事を作ることが面倒で仕方ないような人間には、大変ありがたい制度がありましてね。
裏を返せばそんな時間まで働くような会社でした。まだブラック企業なんて言葉がなかった頃の話です。
あやうく日付をまたぎそうになるほど遅くなってしまい、食事は会社で済ませて帰ったら眠るだけ。
今にして思えば、毎日毎日よくそんなことをやってたなという気もいたします。
そんな日が連日のように続くとさすがに嫌になるわけで、元来の放浪癖がうずうずしちゃったこともあり、職場からまっすぐ家に帰らずにドライブがてらちょっと寄り道するかと、適当に車を走らせたのです。
当時の会社から当時の家までは、もう詳しく覚えちゃおりませんが、確か交通量の多い幹線道路を避けて、田園地帯を抜けるようなルートを通っていたような気がします。
ほんのり爆音でカーステレオから好みの音楽を流しながら、過剰労働でハイになったテンションでごまかしているストレスを解消できたかどうかはわかりません。
それに、半ば承知の上とはいえ思いつきで適当にいつもの道をそれていったものですから、多少道に迷い始めていました。
当時は、今で言うところのガラケーが華やかなりし頃でしてね。スマートフォンなどまだない時代です。
そんな日が連日のように続くとさすがに嫌になるわけで、元来の放浪癖がうずうずしちゃったこともあり、職場からまっすぐ家に帰らずにドライブがてらちょっと寄り道するかと、適当に車を走らせたのです。
当時の会社から当時の家までは、もう詳しく覚えちゃおりませんが、確か交通量の多い幹線道路を避けて、田園地帯を抜けるようなルートを通っていたような気がします。
ほんのり爆音でカーステレオから好みの音楽を流しながら、過剰労働でハイになったテンションでごまかしているストレスを解消できたかどうかはわかりません。
それに、半ば承知の上とはいえ思いつきで適当にいつもの道をそれていったものですから、多少道に迷い始めていました。
道を外れ、道に迷う
当時は、今で言うところのガラケーが華やかなりし頃でしてね。スマートフォンなどまだない時代です。
私も折りたたみの携帯電話を持っていましたが、GPS機能はなかったんじゃないかと思います。
ですから今みたいに、オッケーアレクサヘイシリヘイヘイ! 的な呪文をつぶやいて地図を表示させ、帰宅ルートを検索するなんてのは、まだ空想の世界だったんです。
それどころかカーナビも積んでいない車でしたし、当時はまだ、折りたたみ式で持ち運びに便利な紙の地図を買って車に積んでいたはずです。
昔はどこの本屋でもコンビニでも、るるぶみたいな旅行誌ではなく、紙の地図が売られていましてね。車で旅をする時は、そういうものを車に積んでいる人が多かったのです。
今でもまれに年配のかたが、道の駅なんかで地図を広げて見ているのを見かけると、ちょっと懐かしくなりますね。
ましてやこの時は田舎の真っ暗な夜道なわけで、地図を見ながら走れるはずもなく、一旦迷ったら見覚えのあるところに出るまでに時間がかかったりしたものです。
それでも田舎道なぶん、大きめの幹線道路や高速道路を走るヘッドライトが遠くからでもよく見えたりするので、下手に山の方へ入りこまなければ完全に遭難するはずもありません。不安になっても仕方ありませんからね。
とりあえず広めの道路に出れば県道とか国道の標識がありますし、たまにポツンと24時間営業のコンビニが見えたりして、そういうものを目印になんとなく今いる場所をつかんで走ってれば何とかなったものです。
目印といえば、ひょっとすると今は減ってきてるのかもしれませんが、その地域で昔っから営業している、店頭に自販機を大量に並べてるような地場の酒屋さんとかがまだまだありましてね。
ましてやこの時は田舎の真っ暗な夜道なわけで、地図を見ながら走れるはずもなく、一旦迷ったら見覚えのあるところに出るまでに時間がかかったりしたものです。
それでも田舎道なぶん、大きめの幹線道路や高速道路を走るヘッドライトが遠くからでもよく見えたりするので、下手に山の方へ入りこまなければ完全に遭難するはずもありません。不安になっても仕方ありませんからね。
とりあえず広めの道路に出れば県道とか国道の標識がありますし、たまにポツンと24時間営業のコンビニが見えたりして、そういうものを目印になんとなく今いる場所をつかんで走ってれば何とかなったものです。
目印といえば、ひょっとすると今は減ってきてるのかもしれませんが、その地域で昔っから営業している、店頭に自販機を大量に並べてるような地場の酒屋さんとかがまだまだありましてね。
自販機の明かりのおかげで夜中でも目立つので、そういうお店を覚えておくのも常套手段でした。
今は自販機もエコってことで、夜になるとほぼ照明が消えたりするものもありますけど、当時はまだまだあちこちでキラッキラしてたと思います。
その日も多少迷ってはいたものの、そんな自販機が並んだスポットを発見しましてね。
今は自販機もエコってことで、夜になるとほぼ照明が消えたりするものもありますけど、当時はまだまだあちこちでキラッキラしてたと思います。
呼ばれるように自販機の前へ
その日も多少迷ってはいたものの、そんな自販機が並んだスポットを発見しましてね。
灯りにつられて行ってみると、やはり大きめの酒屋さんかなにかの様子。
当然、お店そのものはとっくのとうに閉まっていますが、ここは以前見かけたことがあるとピンときたんです。
当然、お店そのものはとっくのとうに閉まっていますが、ここは以前見かけたことがあるとピンときたんです。
この自販機のある交差点をこっちへ曲がるとだいたいこの辺りに出るなというのが、おぼろげですが頭の中に描くことができました。これでちょっと安心です。
安心といえば、やっぱり誰も通らないような田舎の真っ暗な道をずーっと走ってると、いくら好きな音楽をかけながらとはいえ心細い感じはどこかにあるんですよね。
そんな時に明るい自販機の灯りがあると、暗く塗りつぶされた真夜中の、どこきちょっと薄気味悪い気配みたいなものが少しは和らぐ気がします。
それと同時に、飲み物がなくなっているのに気が付きました。
ここが頭の中で思っているあたりだとすると、家まではまだ距離もあるし、この自販機でなにかドリンクを調達してから行けばちょうどいいやと思ったんです。季節柄、冷たい飲み物が欲しいのですが、自販機のは結構冷えていますしね。
今にして思えば、なにかに呼ばれていたのかもしれません。
生ぬるい感触
駐車スペースに車を停めて、外へ出てみます。
時間も時間ですし、人の気配なんかまるでしませんから、自販機の前に横付けしてもよかったんですけど、確かちゃんと白線内に入れたと思います。えらい。真面目。
土地だけはあるんでしょうか、こんな田舎の酒屋にしては広々とした駐車場だったのを覚えています。
周りには民家すらない、ほぼほぼ田んぼと畑オンリーと思われる一帯です。自販機の他に光源がないせいで、空を見上げれば星が目立つような地域といえば、どんな感じか想像していただけるかもしれません。
外は夜中だというのに昼間の暑さのせいでまだ空気が生ぬるく、べったりじっとりと嫌な感じがしています。夏のせいなのか仕事の疲れなのか、余計にそう感じるのかもしれません。
小銭入れを取り出しながら、並んでいる自販機の前まで歩いていきます。
こういう季節、あるいはこんな場所にある自販機って、その光につられてカエルだの虫だのが集まってくるもので、それもうっとおしい。さっさと飲み物を買って帰ろうという気になってきました。
居並ぶ自販機を眺めると、有名メーカーのものからちょっとマイナー感のあるものから、なかなかのラインナップ。ここはおそらく酒屋さんだったと思うのですが、そのせいか自販機で売っている飲み物も種類が豊富だったのかもしれません。
シーンと静まり返って自販機の灯りだけがチラつく中、意外に種類豊富な飲み物の中から、さて何にしようかなとちょっと迷っていた時でした。
足元、ちょうど足首からふくらはぎのあたりを、ぞわーっと撫でられるような感覚があったのです。
思わず声が出てしまいます。そりゃ声も出ますよ!
こんな人の気配がまるでない場所で、確かに足元をぞわーっと、生ぬるい何かが触れていったんです。
外は夜中だというのに昼間の暑さのせいでまだ空気が生ぬるく、べったりじっとりと嫌な感じがしています。夏のせいなのか仕事の疲れなのか、余計にそう感じるのかもしれません。
小銭入れを取り出しながら、並んでいる自販機の前まで歩いていきます。
こういう季節、あるいはこんな場所にある自販機って、その光につられてカエルだの虫だのが集まってくるもので、それもうっとおしい。さっさと飲み物を買って帰ろうという気になってきました。
居並ぶ自販機を眺めると、有名メーカーのものからちょっとマイナー感のあるものから、なかなかのラインナップ。ここはおそらく酒屋さんだったと思うのですが、そのせいか自販機で売っている飲み物も種類が豊富だったのかもしれません。
シーンと静まり返って自販機の灯りだけがチラつく中、意外に種類豊富な飲み物の中から、さて何にしようかなとちょっと迷っていた時でした。
足元、ちょうど足首からふくらはぎのあたりを、ぞわーっと撫でられるような感覚があったのです。
現れた白い影
思わず声が出てしまいます。そりゃ声も出ますよ!
こんな人の気配がまるでない場所で、確かに足元をぞわーっと、生ぬるい何かが触れていったんです。
おばけ的なものは今の今まで遭遇したことなど一度もありませんが、この時の足元をゆっくりぞわーっと撫でていく感触はそれを連想させるようなものでした。
とっさに飛び退いて周りを見回しても何もいません。
…いや、いました。
白い、まんまるなネコが一匹。お前かよ!
こいつが犯人です。誰もいない夜の自販機で飲み物を買おうと油断しきった私の足を、もさーっと撫でて通り過ぎた犯人です。
見るとかなり大きなネコで、首輪はないので飼い猫ではなさそうですが、やたらと人に慣れている感じ。
私は喘息持ちで動物アレルギーなケがあるものですから、動物もそれをわかっているのか、猫であれ犬であれ鳥であれ、どういう状況でも向こうからあまり寄ってこないし懐くこともまれなのです。
ですがこのネコは、いきなりもさーっと知らない人の足にすり寄ってくるくらいで、人を怖がっていない様子。
まあいいやと思って、びっくりした気持ちを落ち着かせつつ飲み物を買おうとすると、どうもこっちの気を引こうとしてるのか、ちょっかいを出してくるんです。
人の足の裾あたりを、もさーっ。
ちょっと様子をうかがってからまた、もさーっ。
…えーと、なにか飲みたいの?
…えーと、なにか飲みたいの?
アレルギーゆえに15分もネコがいる部屋にいるとくしゃみが止まらない体質なので、もちろんネコを飼ったことはありません。ですからこういう時に、どうしたものかイマイチわからないんですよね。
とりあえず売っているミネラルウォーターを買って、キャップに水を入れて置いてみたのですがあまり関心を示さず、うんともニャーとも言いません。ニャーぐらい言えよっていう。
どうしたものかと思いつつ、なんとなく自販機の周りを見ていると、鉄製の皿がいくつか置いてあるのを発見します。これは多分、ここの酒屋さんが餌をあげているんだなとようやくピンときます。
地域猫なんて言葉は最近のものだと思うのですが、そういうポジションにいるネコって昔からいたような気がします。こいつも、そういうネコの一匹だったのかもしれません。
喉はかわいてないなら飯か…
ネコが食えそうなものはおろか、人間が食えそうなものすら車の中にはないし、さてどうしたもんかと思っていたんですけどね。
そういえば、ここから10分ほど離れた場所に、たしかコンビニがあったなと。現在地が自分の思っている場所なら確かあったはずです。
それを見透かしたかのように、ここまでほとんど鳴かなかったまんまるネコが、ニャーですってよ。ふてぶてしい丸顔で。
帰ってもいいんです。こっちは残業しまくってて、疲れ切ってるんです。もうすぐ日付が変わろうかっていう時間なんです。
それを見透かしたかのように、ここまでほとんど鳴かなかったまんまるネコが、ニャーですってよ。ふてぶてしい丸顔で。
真夜中に知らないネコに餌をやる
帰ってもいいんです。こっちは残業しまくってて、疲れ切ってるんです。もうすぐ日付が変わろうかっていう時間なんです。
帰ってもいいんです。帰ってもいいけど、コンビニに行ったんですよね、なぜか。それも若干急ぎ気味で。
コンビニの店内で、このへんにあるんじゃねと思いながらウロウロするとありましたよ。
今まで立ち止まったことすらない、キャットフードが置いてある陳列棚の前で足を止めて。
生まれて初めて買いましたよ、猫の餌。
どれが美味いんだか知りませんが、とりあえずあるのから適当に選んで、念の為ふた缶買ったりして。
どれが美味いんだか知りませんが、とりあえずあるのから適当に選んで、念の為ふた缶買ったりして。
で、なぜか急ぎ足で例の酒屋さんへ戻ってみると、まだあのネコが自販機の明かりの前にどさっと座っていました。
見ればキャップの水は減っちゃおりませんし、また来たの的な顔でこっちをチラチラと見てんです。
置いてあった皿を持ってきて、その上に買ってきた缶詰をあけると、まんまるネコがトコトコっと寄ってきて、もさもさと食べはじめました。
やっぱりお腹が空いてたんだろうか。お気に召したかどうかはわかりませんが、特に文句もなさそうです。
てゆーか、あっという間に完食ですよ。
しかも、ちょっと足りないけど的な顔で、もういっこあるでしょ的な顔で、ニャア。
てゆーか、あっという間に完食ですよ。
しかも、ちょっと足りないけど的な顔で、もういっこあるでしょ的な顔で、ニャア。
2缶目を開けてやってから、ネコの水入れにしたのでキャップがないミネラルウォーターを飲みながら、ネコの豪快な食いっぷりを眺めていると、なぜかひと仕事終えた雰囲気が漂いはじめました。
そもそもなんで知らないネコに、自腹で餌をあげてるのか、なんでこうなったのかサッパリわかりませんけど。
なんかこう、妙な満足感というか、なんですかね、これは。
思い出しました。
もう帰ろう
思い出しました。
私、帰宅の途中でした。道に迷っていたんでした。道に迷うのは想定内としても、まさかネコに餌をあげるとは思ってなかったから。
もう帰らないとさすがにね。
さっきコンビニに行って、そこが思った通りの店だったことで現在地も把握できました。
もうしばらくネコの食事風景をちょっと離れて見ていてもいいのですが、向こうもこちらもこの関係性が良さそうな気がして、アレルギーが発症しないうちに車に乗り込みその場を後にします。
人懐っこすぎて車が発進する時に寄ってきたら危ないなと、自販機の灯りに目を凝らしたのですが、あのまんまるなネコは餌入れの皿から一応顔を上げてこっちを見ているだけで、そのまま動く様子はありません。
一応ネコにも仁義というか、お見送りのつもりなのか、こっちが去るまでは夜食の続きをしなそうな気配です。それならゆっくり食べてもらうためにもその場を離れたほうがよさそうです。
あれからもう十年以上経ったと思います。
時折、たった一晩の縁だったあのネコのことを思い出すんですよね。
特に、街で見かけた野良猫をカメラにおさめようとして、サッと逃げられた時なんかに。たまに。