夕暮れの海に惹かれる

2020年7月6日月曜日

#旅

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 この自粛生活ですから、いくら旅暮らしとはいえどこかへ出かけるわけにもいかず、手を変え品を変え気を紛らわせながらの日々でした。
 そんな暮らしもようやく解消に向かって動きつつあるのかな、といった空気もあるものの、やはりまだ気軽に出かけるにはちょっと躊躇しますよね。
 そんな微妙な心境の中、どこに行ったかというお話。

何処に行ってもいいのか

 
 人の多いところへ行くのはまだまだリスクが高いじゃないですか。例えば、誰もが行ってみたいような有名な観光スポットだとか、大手のショッピングモールとか、ちょっとね。
 
 でもまあよくよく考えたら、元々そういうところに足を運んじゃいないなと。
 今までだって、人混みは基本避けて行動していたわけで、コロナだろうがなかろうが、よっほどの用事がなければそういう場所には行かないんです。
 
 そう考えると旅をするという視点だけからすれば、あくまで個人的にはですが、コロナ以前とそこまで違わないんじゃないかという気もするんですよね。
 
 そうはいっても、県境を越えての移動はやめたほうがよさそうですし、スーパーやコンビニ、日帰り温泉等々の旅先で立ち寄りたい場所に行くなら相応のエチケットや、あるいはちょっとした覚悟もいるでしょう。
 
 じゃああれか、コロナ初期に考えていた、かくれんぼ旅。人を避けて誰かに見つからないように、風に紛れて旅をすればいいんじゃないか。
 人の気配がしない場所しない場所と、辿っていくような感じの旅ならできるんじゃないかと。
 
 さいわいというか、今いる新潟県は都道府県の中でも面積が広めでね。ちょっと遠出する感覚で一般道をドライブしたって県内から出られやしませんから、どこかへ行きたい欲も多少は解消されるんじゃないかということになり。
 相変わらずどこに行くのかなんてことは決めもせず、車に乗り込んだのが正午すぎだと記憶しています。
 

海へ、惹かれるように


 買い物は基本自販機で飲み物だけ。給油は出発時点で済ませて、その燃料で行ってこれるくらいの範囲にしよう。
 出先でトイレとか食事とかで立ち寄るなら、駐車場の車の数から人の少なそうなコンビニへ行って、もちろんマスクも準備して。
 
 そんな感じで色々ルールを決めましてね。
 交通の流れに乗ったまま適当に車を走らせます。
 
 流れていく景色は、大きなショッピングモールや住宅街といった四角くて色塗られた気配から、緑の濃い田畑と林と点々と咲く花といったものに変わっていくのを見て、それだけでも出てきてよかったなと思ったものです。
 
 季節感がいわゆる日本の四季といったイメージから、時の流れや環境の変化で徐々にズレ始めているじゃないですか。それがいいとか悪いとかではなく、そうであることは現実なわけでね。
 そうは言っても花は咲くし鳥は鳴く。時が来れば葉がつくし枯れていくのはおおまかには変わっちゃいない。
 
 自粛中も近所の散歩くらいはしていて、桜が咲いたり若葉が芽吹いたりしているのを見ていたはずなのに、どこか浦島太郎的な感覚があったのは一体なんなんですかね。
 
 運転中にそんなことを考えていたせいか、じゃあ思いっきり旅感のある場所はどこだろうという発想になり。なんでそうなったかは覚えちゃいませんが、ともかくそうなってね。
 真っ先に思いついたのが海だったんです。
 
 この日は梅雨入りの少し前でして、快晴とまではいかないものの、ともすればインにインに入っていきそうな気持ちをなだめてくれるくらいにはいい天気です。
 
 ゆっくり海沿いを走って、どこかで夕陽でも見てみようか。そうすれば、いつものように始めてしまったアテのない道行き、心が呼ばれるままに家を出た小さな旅も、なにかのケリがつけられそうな気がしたんですよね。
 

海水浴シーズンは海に行かない


 海沿いの道というのは、四方を海に囲まれたくににいるおかげで、なかなか行けない場所という気はしません。むしろ、住んでいる地域によっては身近な風景かもしれませんよね。
 
 このドライブ中にも、海岸沿いに立ち並ぶ小さな町の家々をたくさん目にしました。
 こういうところに生まれて住んで過ごす人生もあるんだよなぁなどと、半ば当たり前のことをぼんやりと思ったものです。便利かどうかとか、塩害みたいのもあるんでしょう。
 でも毎日毎日、朝日や夕陽と海とを自分の家から眺められるというのは、そうそう経験できる人生じゃない。
 いいかどうかは断言できませんが、そんな一生と自分の一生とを頭の中で重ねてみると、なにかこう不思議な、切ないような憧憬のような気持ちになってくるんです。
 
 海沿いを走るのはいいものでね。
 加山雄三でもないのにうーみよーおれのうーみよーってなるわけです。雄三でもないのに。
 どうでもいいけど、俺の海ってすごいよね。
 
 でね。
 景色的な開放感なのか、海になにか惹かれるものがあるのか、運転しやすいのか、自分でもわかっちゃおりませんがともかく海沿いをドライブするのはいいなと思うんです。
 
 海沿いとひとくちに言っても、実際は色々ありますよね。
 断崖絶壁な海っぺりを曲がりくねった道が通っているような場所は、見ているぶんにはすごいなと思うんですけど、運転中は落ち着いて景色を眺めてもいられないでしょう。
 
 そうなってくると、海面に近くてなるべくなら平坦な道のほうがいいかなと。
 その中でも、海から少し距離をおいて海岸に沿って続いている道よりは、できるだけ海に近いほうがいいですよね。

 ただね、場所によっては道路よりもさらに海沿いを電車が通ってたりするところもあるじゃないですか。そうなると、この電車に乗ってみたいってな気持ちのほうが強くなったりしてね。そこはちょっと痛し痒しみたいな部分もなくはないんですけどね。
 
 海水浴場みたいな感じの浜辺になっていると、車を停められる場所も見つけられるし、その近くから波打ち際まで歩いていけるようになってますから、気まぐれにそうしてみることもよくあるんです。
 ただ通過するだけだったとしても、釣りをしているオジサンやサーフボードを抱えて歩く若い人が見えたり、日課の散歩かなというジイちゃんがいたりして、それはそれでなんかこういいんですよね。
 
 海に来たといたって、こちとら泳ぐ気はさらさらありませんし、人の多いところに近寄らない私の中では海水浴シーズンはどっちかといえばシーズンオフですらあるので、水着のおねーさんなんかにはほとんど縁がありません。
 そういう、夏の間の一時的な光景よりも、どちらかといえば日常のような気配がすると旅してんだなって感じがして、いいんですよね。
 
 海に近い家がいくつもあって、縁もゆかりもない誰かが歩いていて、そこを通り過ぎたりすれ違ったり立ち止まったりする。
 そんなのがいいんです。
 

釣り人の集い


 波に向かって竿を投げている人たちを、この日は結構見ました。多いのか少ないのか比べようもありませんからそれは置いておいて、釣りが好きな人ってのま一定数いるもんだなぁって。
 
 私は釣りをほとんどやったことがないんです。
 だって、釣った魚をどうしたらいいか困っちゃうでしょう。魚を捌く技術なんかありゃしませんし、もっといえば釣った魚がナニモノなのか見てわかるような知識もないんです。
 
 そりゃあ、クジラとかが釣れればわかりますよ? あ、これはもしやクジラだなって。デカいし。てゆーか、よくも釣ったよね、クジラ。
 
 でもなんか、釣りのイロハもわからねぇようなヤツにまかり間違って釣られちゃうようなお魚さんの、名前も存じ上げない上に捌くこともできないわけです。
 
 それなら海とか川へ返してやれば良さそうですけど、自分で撒いた餌に食いついて、取れないようにカエシの付いた針が刺さってるのを取ってあげて、また返すのってなんかね。
 
 例えるなら、知らない人にタダ券配って来た客を美味しいお食事でおもてなしすると思わせて、怖い人たちが突然乱入してきて法外な値段を要求してからの、うっそだよーん出口はこちらー的なやつでしょう。
 それなら、持ってきた餌だけ撒いて、食べてるのを眺めてたほうがなんとなく好きかもしれません。なにその作業って話ですけど。
 
 そんなわけで今後もやる予定はなさそうなのですが、でもね、釣りをするという空気感は嫌いじゃありません。
 
 魚のいそうなポイントを選んで、道具を手入れして準備して、竿を投げて釣れるのを待つみたいな感覚はすごくいいなと思うんです。その一連の流れというか行為というか、それは肌に合うんですよね。
 
 例えば苗を植えて稲を育てて収穫するみたいな生き方も、それはそれで素敵だなやってみたいなと思う反面、どちらかというと獲ってくる、あるいは採ってくるほうが性に合ってる気がします。
 
 どちらもやったことはほぼないので、素人の想像上では思いもつかない苦労だってあるでしょうし、いざやってみたら無理無理ってなことになりかねませんけど。実際、そんな根性ないなと思っちゃいますしね。
 
 で、なんの話でしたっけ。なにしてるんでしたっけ。
 そう、ドライブ中。今はドライブ中なんです。実は。ホントは。

夕暮れにはまだ早い


 そんな釣り人が目立つほど、まだ日は高い時間帯。
 飲み物は自販機でと決めちゃってますから、あまり頻繁に車を止めて飲み物を買うのも面倒だなと、コーヒーとお茶を何本か買いだめしたせいもあって、ノンストップで海のそばを進んでいきます。
 
 方角的には北へと走っていますから、左手に日本海がある、フロントガラスの上の方には白の強い空がある、といった光景に、人や街や花が紛れて通り過ぎていく時間がずっと続いています。
 
 途中で休憩しようと思っていたのですが、気に入った音楽を流しながらの久しぶりのドライブだったせいてすかね。疲れもそれほど感じませんでしたし、前後に車もなくてマイペースで走れる時間帯が多めだったこともあって、ずっと走り続けてしまいました。
 
 このままいい天気なら、おそらくは日本海に沈む夕陽が拝めるだろう、それは見ておかなきゃいけないなと思いつつも、さすがにまだ早い。
 そうこうしているうちに、新潟市近くまで来てしまいましてね。この辺りは新潟西港と東港という港湾地帯があって、前述したような旅感のある海沿いの道とはちょっと趣の違うエリアだというのは知っています。
 
 ですから、時間的にもここはあえて海から離れて大きな通りに出て、さらに北を目指そうじゃないか。なんなら県境付近まで行って山形県を視界におさめて踵をかえすってのも、話としては面白かろうということになりまして。
 
 数時間並走した海に別れを告げて、市街地へとハンドルを切っていきます。
 新潟市の中心となる一帯は、車の通りも多くてここまでの旅路のようにのんびりドライブとはなかなかいきませんが、市内を北東方向に走るバイパスがあって、それに乗ってしまえば混雑からは多少開放されました。
 複数車線の流れの早いバイパスですから、そういった意味で神経は使うものの、交通量のピークとなるある区間を抜けてしまうと車の量も減り、やがてバイパスを降りて再度海の方へと向かって行きます。

風の色と海の色と


 広大な新潟市を抜けて聖籠町というあたりに到着。ここは数年前に、ブログにも書いた温泉があるあたりですね。
 いつもならそういった所に立ち寄るのですが、今回はただただ行ってくるだけのドライブ。相手してくれるのは、何も言わない海と風だけと決まっている旅です。
 
 さすがに運転席に座りっぱなしで身体も痛くなってきましたし、飲み物の補給やトイレといった用事が済ませられるコンビニをひとまず目指します。
 
 郊外地帯ですから、駐車場の広いコンビニの中からあまり混んでいなそうな、それでいてちょっと新し目の建物のコンビニに車を入れて中へ。
 レジにはビニールのカーテンが下げられ、入り口には消毒用のスプレー。
 店員さんがマスクをしていると文句を言うような接客についてちょっと面倒なご意見がある人っていたと思うのですが、そんなどうでもいい方々もさすがにこのご時世じゃ主義を曲げてるんでしょうか。
 
 飲み物とちょっとした食べ物を買い求めて、外で身体を伸ばしたり足首をグルグル回したりしてから、車の中で少しだけ休憩したあたりで、そろそろ夕陽タイムにいい頃合いとなりました。
 地図を見るとこのあたりには海水浴ができそうな海岸があるようです。そこなら海のすぐ近くで、どこか車を停めてもよさそうな場所もありそうだなと、適当なアタリをつけて運転を再開します。
 
 空気が少しずつ染まっていくのがわかるようです。
 本能なのか、それとも前世でなにかあったのか、夕陽って追いかけたくなるんです。
 去っていくのを引き止めたいような、追いついてずっと見ていたいようなそんな気持ちになってしまう。いつからそうなのか、なぜなのかは自分でもわかりません。

夕陽の落ちる海
海と夕陽と風と
 
 辿り着いた紅い海と空の色に、打ちのめされるような感覚を覚えます。まっすぐ立っていられないような、そんな気さえしてきます。
 スマートフォンのカメラを出すことさえいけないことのような気持ちになって、その日はいつまでも空と水平線と一日の終わりを見つめていました。

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