床屋に行きたいんです。
急にどうしたと。行けばいいじゃないかとお思いでしょうが、床屋ってハードルが高いと思うんです。
長い髪をなびかせ
前にもこんな事を書いた気がするんですけど、特定のいわゆる行きつけのお店ってのがあまりないのね。床屋に限ったことじゃないんだけど、こと床屋についてはまったく決まる気配がないの。
確かに居所持たずで、色んな場所に行くし落ち着いて長い期間住んだ街ってのもそうそうないわけ。だから、馴染みのお店ってのが出来にくいってのはあるんです。
もちろんこっちに問題があってね。そういう常連になって溶け込んでコミュニケーションとってみたいなのが、もともと好きじゃないんだ。
こっちの空気感を察して、ちょうどいい感じで接してくれる人もいるにはいるけど、特に接客業でそれもマンツーマンに近い感じになる職種の人でも圧が強い人っているじゃないですか。
ましてや、髪の毛を切られてたら小一時間はその圧に耐え続けなきゃいけないじゃん。あんまないでしょ、髪切ってる途中でいたたまれなくなって、ごめんなさいもう出ますんでってならないでしょ。
右だけツーブロックになったけど、もう無理なんでって帰ったりしないじゃん。一通り終わるまでそこにいなきゃなんないじゃん。
見えない敷居が高くて
でね。
ちょうどいい感じの床屋さんに当たることが今までほぼなかった上に、これはさすがにもう行かないよっていう床屋さんにはやたら当たってるの。
そりゃ、悪徳って意味じゃないよ。
その人たちだって普通に営業して他にもお客さんがたくさんきてて、なんならその街に馴染んで何年も何十年も上手くやってるような、こっちには到底できないことをやってのけてるんだから。むしろすごい人だと思う。
思うものの、それはどうなのっていう、その日だけなのかもしれないけどそう感じたお店もけっこうあったんです。
例えばね。
あたししか客がいないせいなのか、椅子に座るじゃないですか。座って髪を切ってもらうんだけど、周囲の照明を全部落としてあるの。
初めて行く床屋さんでネット予約して、行ってみたら住宅街の片隅だったんだけど看板とかほぼ出てなくて、ここかな営業してるのかどうかよくわかんないなと思って店のドアを開けたらさ、まっくらなんだ。
でも奥から店主の人が出てきて、ああ予約してる人ねみたいな感じで。すぐに椅子に座るように言われて、そこだけピンポイントで照明を点けるわけ。周囲は薄暗い中、演劇かなんかの舞台で床屋のシーンをやってんのかなっていうくらい、ピンポイントであたしの席だけ照明が当たってんの。
この時点で、やっぱやめますはアリだよね? だってこわいじゃん。福山雅治みたいにしてくださいって言ったのに、無言で瀬戸内寂聴みたいにされる可能性あるよね?
そりゃ次はないですよ。店主の人が意外としゃべりかけてくるし、こっちも受け答えはするけどさ、訊ける?
あの、照明って、なんでここだけって訊ける?
こっちはさ、これも床屋さんのちょっと苦手な部分なんだけど、動いちゃいけない感じがするじゃん。椅子に座って、首元がちょっとキツめなポンチョ的なやつを着せられてさ。
髪にハサミを入れられたら、もう動いちゃいけない感じになるじゃん。あまく拘束されてる感があるじゃないですか。
その状態で、もうこっちは言いなりになるしかない感じになってる中で訊けますかっていうことなんです。
照明の暗さと、その鏡越しに見える窓はなんで、がっつりシャッターみたいなのが降りてて、窓枠に飾ってあるサボテンはホコリまみれなのかってこととか。
訊きたいことは他にもあるよ。なんで床屋の店主の髪がボッサボサなんだろうとか。相当な期間、床屋に行ってないあたしの頭よりもボッサボサなんだろうとか。あるけど無理でしょうよ。
予約を取る大変さ
あとその、やっぱり飛び込みでふらっと入っていいような時代でもないじゃないですか。
昔はそうでもなかったけど、今は予約優先でご新規さんは感染症とかもあるしちょっとっていう期間を経たのもあって、こっちも遠慮があるっていうか。
もっというと、いきなり入っていくには床屋さんって敷居が高いし、美容院とかもっとハードル高いよね。通りから覗いて空いてるように見えて意を決して入ってみても、予約優先なんでって言われちゃったりさ。
あと、待合席みたいなのに常連の近所のおっさんらしき、ぶっちゃけ切る髪がほぼほぼないんじゃないのっていう人がドーンと座ってたりすると、そこに混ざって待つ時間がもうつらいわけ。
そうするとネット予約が取れるお店しか選択肢がないんだけど、これもまた難しいんだ。
自前で、床屋さんがウェブサイト? ホームページ? どっちが正しいのかあんまよくわかってないんだけど、そういうのを持ってても、予約システムまでは備わってないことが多いのね。
電話番号が書いてあって、電話してくださいっていうのがまだまだ多いんです。しかも、当店は少人数で営業しておりますのでお客さんがいる時は電話に出られないことがあります、なんて書いてあるの。
そりゃそうだよね。わかりますよ。集中して髪切ってる時にさ、電話かかってきたらいやだもん。
でもこっちはさ、ここだと思ってかけた電話に出なかったら、今忙しいんだなとかさ、なにか緊急なことがあってお休みなのかなとかさ、思うじゃん。
こっちは電話するだけでももう、まあまあの決心でかけてるから。
それなのに電話がつながらなかったとするじゃん。
なんて間が悪い時にかけたんだろう。やっぱりやめればよかった。髪を切りたいとか思わなきゃよかった、髪が伸びる体質でごめんなさい、生まれてきてごめんなさいってなるんだから。どんどんそっちに行くんだから。
じゃあ例えばホットペッパーみたいなのを使うとするじゃないですか。ホットペッパービューティだっけ。ああいうのを見に行くと、たくさんのお店が登録してるわけですよ。
あるだろうと。これだけ登録されてるんならあるはずだろうと。
まずね。美容院は除外なの。
こっちはさ、かっこよくなりたいとかオシャレがしたいと思ってねぇから。ただただダラダラと伸びてきた髪をどうにかしたいってだけなのね。理想も希望もないの。丸刈りじゃなきゃいいやくらいなの。
だけど、美容院ってオシャレを全面に押し出してくるでしょう。店員さんから店構えから全力でオシャレでございって感じじゃない。あたしセンスあるっていう感じの店員さんたちが、休日はスタッフみんなでバーベキューしてそうな美男美女が働いてるじゃない。
無理だって。そういうのは無理だって。
あるよ。行ったことはありますよ。あるけど、居心地の悪さったらないよ。
置いてある雑誌は全部女性誌だしさ。間違ってもゴルゴ13が全巻並んでる本棚とかないわけ。
おきれいな店員さんが切りたい髪はあたしみたいな残念系ダメ人間じゃなくて、菅田将暉みたいなかっこいい系男子なんでっていう空気がすごいわけ。
そんな空気が本当にそこにあるかどうかは別として、こっちはそれを嗅いじゃってるんだもん。自前のダークさで嗅いじゃってるんだもん。
あれ?
まって、ちょうどいい床屋がなかなかみつからないって話をしようと思ってたんだけど、なんでおのれの闇の部分がバンバンでてくるの。どういうことなの。
唐突に夕陽を出して心の闇を隠そうっていう |
甲子園出場
まあいいや、ともかくネットで検索すると、行ける範囲の地域を指定したら次は理容室とか、あるいはシェービングとかを検索ワードに入れて、要は床屋さんだけが引っかかるようにするのね。
そうすると減る。数百と引っかかってたお店が数十までは減るの。
それは床屋さん自体がそういうサイトを使わずに、近所の人だけを相手にしてその地域に根づいて商売するっていうスタイルが多いせいなのか、それとも床屋さん自体が少ないのかはわからないんだけど。
で、多くても数十くらいの検索でヒットしたお店を見ていくんだけど、そこでもどう見ても美容院だよなっていうお店がまだ残ってたりするのね。
キーワードで引っかかるようにしてるんだろうけど、こっちは閉ざしちゃってるから。そんなオサレオサレしてるところに行くわけにはいかねぇっていうふうになっちゃてるから。
もっと言うと、これだけ絞り込んで、こっちの空いてる日に予約が取れて行ってみたら、それはないなっていうお店に頻繁に当たったりしてるからさ。
ホットペッパーで見つかった店の紹介文とかをつぶさに見て、あたしにとって無理な店を見抜く技術もけっこう上がってるのね。こういうお店に行っちゃいけないっていうのが、そういう気配を感じ取る能力があたしの中に備わってる感じ。
例えば、
「全国大会入賞スタイリスト在籍」
みたいなのは、あたしはいいですってなるんです。
そりゃあ技術はすごいんでしょう。でも求めてないわけ。普通に切ってもらえて、なんなら血が出なきゃオッケーっていうくらいのことしか求めてないのに、なんかこうすごいハサミさばきで切られましてもっていうか。
あるんでしょ、大会で上位に入賞するくらいだから。サッカーでいう無回転シュートとか、野球でいうフォークボールみたいな必殺技的なのが。なんか、わかんないけど。
ダブル竜巻インフニティカットとか。ノーザンライト・エクスキューショナー・二段剃りみたいなやつ。あるんでしょうよ。右手から七色の光が出るようなやつがあるんでしょ、きっと。
そうじゃなきゃ厳しい大会を勝ち残ることなんてできないもんね。カリフォルニアの白い稲妻みたいな二つ名の、日米ハーフの強豪選手に勝つにはそういう必殺技がないと無理だもんね。
わかんないよ。知らないから。おそらくこれを、理容業界の人が読んだら気を悪くするかもしれないけど、こっちはそういう世界を知らないからさ。血の滲むような努力を重ねてファイナリストに残ると思ってるから。全国大会ってのを想像するしかないから。
伝説の黄金のハサミをかけて争われる、床屋の甲子園みたいなのがあると思ってるから。想像してるから。信じてるから。だって、全国大会入賞って書いてあるんだもん。
いかないよ。そういうお店に入ったら最後だもん。申し訳なくて。そんな必殺技をあたしみたいな駄アタマを切るのに使わせるのは申し訳なくてさ。
あと多分、圧も強いと思うんだ。そんな床屋甲子園のファイナリストに残るような人のお店って、オシャレにしてやるぞっていう圧も強いと思うんだ。お前もオシャレにしてやろうかっていう。
普通に接されても圧を感じるような体質性格のあたしには、その圧に耐えられないから。
ないね
あとね、
「カウンセリング重視。似合わせが得意です。きっとご満足いただけます」
なんて書かれてもさ。カウンセリングってなによってなるの。カウンセリングっていう言葉がもう深刻な感じがしない?
ここまで書いてきたような、こっちのダークな部分をカウンセリングでプロファイリングされて、しかも重視されてもっていう。
あと似合わせって言われても、こっちに似せる気がないから。誰に似せるつもりだよっていう。髪の毛だけ似せるっていうこと? 床屋さんで整形手術はしないもんね。
髪の毛だけで誰かに似せるって難しくない?
力士ならわかるよ。チョンマゲにしておけば、基本お相撲さんだなってわかるもんね。お相撲さんか、タイムトラベルで現代に来ちゃった江戸時代の人かの二択だもんね。
あとなんだろう。そのお店のページにこのワードがあったらあたしは遠慮しますってやつ。
「大人の男のためのプライベートサロン」
とか。無理だよなぁ。そもそも大人だと思ってないし。
今朝だって、昨夜スーパーで買っておいた半額のカツ丼食って胃もたれしてるんだぜ? 大人はそういうのわかってるから。朝からカツ丼は若いうちだけってわかってるから。
今ちょっと、ホットペッパー見ながら書いてるんだけど、次々出てくるな。
あの、アメリカンスタイルなのか、かっこいいバイクに乗ってグラサンしてる店主の写真とか無理だなぁ。あたしは行っちゃいけないやつだなぁ。合う人には合うんだろうなぁ。
「男を磨く隠れ家サロン」
これもダメなヤツだよなぁ。磨かないでっていう。髪を切ってっていう。
「地元に愛される三代続く老舗」
すごいよね。そんなに長く家業を続けられるとこなんか、今ないじゃん。これは尊敬する。マジですごいと思う。でも、あたしは行っちゃいけないやつ。地域密着すぎて入れないやつ。見えない敷居でつまずいちゃう感じ。
このお店は地元の人のものであってほしいな。ずっと続いてほしいって心から思うけど、あたしにはあたしのせいで縁がないんだ。
「デキる男のために実力派スタイリストが腕を振るう」
とかも、もうデキない男は客じゃない感じっていうか。逆に、自分がデキる男だからこの床屋に行こう、っていうこと? そんなことある?
「髪の悩み解決します。ハイセンスな仕上がりで満足感UP!」
的なやつも、特に悩んでないしってなる。いや悩んでるよ。行ける床屋がなくて悩んでるけど、ここに行ったとしてハイセンスな仕上がりにされるまでに、いたたまれなくて逃げ出したくなるんだろうな…
あのね。
ないね。
あたしが行っていい床屋がない。
じゃあ千円でカットします、みたいなチェーン店のああいうのもこわいの。
だって、普通の床屋さんが技術料サービス料で数千円とるのに、千円でいいですってその差はなんなのってなるもん。激安スーパーだって数十円差だよ。企業努力ってそんなもんでしょうよ。
わかんないよ。ちゃんとした修行して経験積んだ人がやってるお店だってあるでしょうよ。でもさ、極端に安いものって警戒するじゃん。
でももしかしたら、床屋甲子園の。
準決勝で敗退したけど情熱を捨てきれなくて、自分で開業するのは無理だけど千円カットのお店で勤め上げようっていう人だっていていいじゃん。
あの時、無理して魔球をね。
三回転ウェーブパーマ逆ひねり、みたいなのを相手に勝つためにさ、無理してやったせいで、まだ未完成の技を奥の手でだしたせいで、左手が粉々に。
もう一生、三回転はできないけど、表舞台には立てないけどせめて千円カットでお客様の髪を整えたいっていう人だって、いていいじゃないですか。
あれ、千円カット行ってみたくなった。なんだろう。あとその設定はなんだろう。床屋甲子園ってなんだろう。
だから、なんですかね。
床屋ひとつ見つけられないんです。オサレ感満載のサイトを閉じて、飛び込みで入れそうな空気感のいい床屋さんないかなって見知らぬ通りをさまようんです。
そんなだよ。そんな。