桜。向日葵。タンポポ。チューリップ。ブロッコリー? いや待て待て、あれはどう見ても木だよな・・・
他にももう少しくらい知ってる花がありそうなものですが、脳細胞は若干お疲れ気味なのかこれ以上パッと出てくる様子はありません。
ですから、牡丹のきれいな場所があると教えてもらったのにもかかわらず、ビジュアルとしてはなんにも浮かんできませんでね。
どんなもんか分かりませんから、それは一度行ってみなきゃということで早速行ってみたというお話。いつかの小さな旅の回想です。
雨
知人が教えてくれた場所は、自宅から車で約40分くらい走った、ちょっと山里めいた地域にあるようです。
出発前にグーグルマップで検索してみると、ストレートに件の場所へと向かうルートと、ちょっと遠回りではありますが途中でコンビニに寄れるルートがありました。
それなら後者でお願いしますと、車に乗ってスマホを定位置に置き、ナビゲートされるがままにドライブとなったのです。
普段はナビをあまり使わない主義で、多少なら道に迷うのもよしとするのですが、この日は時間を追うごとに雨脚が強くなるような天気予報でしたからやむを得ません。
その天気予報をあらためて見るまでもなく、霧に近い雨が降っています。幸いなことに今すぐ大降りになるような気配は感じられませんから、それほど気にしなくてもいいんじゃないか。
そんなふうに、あいも変わらず気楽に考えながら、さほど急ぐわけでもなくハンドルを切っていきます。
缶コーヒーを開ける音
道すがらコーヒーが飲みたくなって、予定通りのコンビニへ。
最近流行りの挽きたてなコンビニコーヒーでもいいんですが、いつものように缶コーヒーを手に取ります。
気分的にはホットでもと思っていましたが、気の早い店なのか補充されてなかったのか、「あたたかーい」な陳列棚を覗いてみると妙に品揃えが悪かったもんですから、冷たいヤツにしておきます。
こういったドライブとか車の旅なんかでは、どうもコーヒーが飲みたくなるんです。どういった現象なのか自分でも分かってないのですが、運転しながら缶コーヒーのプルタブをカパッと開けて飲む時が、妙に落ち着くんですよね。
馬鹿舌ですから味にこだわりはありませんが、先ほども書いたコンビニの店頭で淹れるコーヒーじゃちょっと違うよな、って時があるんですよね。
これはどうも、「カパッ」と開けるあの瞬間が好きなんじゃないかと、そんな気さえしてくるのです。
そんな感じで「カパッ」と開けてひとりニンマリするという、自分でもちょっとどうかと思うような瞬間を経て、コーヒーで唇を湿らせながら目的地を目指してドライブを再開します。
花の道標
もうすっかり田植えも終わったようで、水面からわずかに顔を出す青々しい苗が均等に整列している様子をチラリチラリと横目で眺めながら、景色が移り変わっていくのを目の奥に流しこんでいきます。
遠くの水田の真ん中で、腰を曲げて作業していたおばあさんが、ゆっくりと背を伸ばしました。もうすぐ午後3時。
こんなところにあるんだというような山あいの集落の外れに、立派な作りの古い神社が見えてきてました。地元では有名なところと聞いていましたが、なるほど道も駐車場も整備されていますし、そういえば途中で道案内の看板も出ていました。
道の脇にあった駐車場に車を滑り込ませます。
道中はワイパーを動かすほどでもなかった雨は、車から降りたあたりからまた少し降り始めてきました。
傘の用意も特になく、濡れて参ろうとうそぶいて車の外へ出てみると、同じように雨に打たれている花びらが丸まった大きな赤い花が遠目からでも見えます。
まるで道標のように点々と続くこれが、牡丹の花のようです。
無学というものはどうにもいけません。
見れば見るほどね、その、レタスのちょっとスカスカな感じに見えてきちゃう。
あとからネットで牡丹の花を検索してみたら、しっかりと花開いた画像がヒットしたのですが、この日に見たそれは咲いて間もないのか、手毬のように丸いものが多かったように記憶しています。
赤、紫、白の牡丹は湿らす程度の雨を集めて集めて、花びらの上に水の玉を乗せて咲いています。
こうやってよくよく見るのはおそらく初めてなんじゃないかと、自分に訊いてみても答えは曖昧のまま。
見ていたとしても、見えていなかったのかもしれません。何にでも興味を持っていた頃があったかどうかさえ覚えちゃおりませんが、そうだとすれば現状は少しだけいいとは言えない気もします。
雨と牡丹
他に人のいない古刹のあちらこちらでは、牡丹以外にも淡い色の花がいくつも咲いています。寒空の雨に打たれても、それでも春になったということなんでしょうかね。
スマホで写真を撮るのを少し止めて検索でもすれば、それらの花の名前を知ることもできるのでしょうが、それもなんとなく無粋な気がします。
それよりはあれこれと花を撮っているほうが。
そのほうがいいような気がして、わずか10歩も歩かぬうちに写真を撮っての繰り返しが始まるのでした。
花と雨粒という組み合わせは、どうにも私の気持ちを揺さぶる何かがあるようです。雨のせいか少しずつその色が濃くなっていく気がして、目を離すことを許しません。
青空の下で咲き誇る花もいいのですが、五月雨に身を置く花はこのまま傘もなくただ眺めているだけでもいいと思うくらいに、この目を吸い付けて離さないのです。
どちらかと言えばもう少し小さな花が好みなのですが、牡丹の花もなかなかいいじゃないかという気になってきました。レタスとか言ってごめんなさいね。たぶん覚えたと思うから。
頬に雨を受けて、ふと我に返ります。少し肌寒さが増したようです。結局のところ、小一時間はその場所にいたと思います。少し長居しすぎたかもしれません。
そのまま踵を返して少しだけ足早に車へと向かいます。
雨は少し強くなってきて、ふと振り返って見た花はまた色が濃くなったような気がしました。